富士山の日


2月もそろそろ終わり、なんとなく気分も春めいたきた季節になってきましたね(んっ、こっちだけ?)

さて、ここ私の住む静岡県は、全ての県民が富士山について学び、
考え、思いを寄せ、富士山憲章の理念に基づき、後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を
「富士山の日」と定め、学校関係がお休みなのです。そう、お休みは学校だけで、大人はお仕事ね(笑)。
大人も休ませてくれよ~なんて思っているのは私だけなのかもしれないけれど、休みの子供のお昼を
心配しなくてはいけなく、まったく余計な日を作ってくれたこと…なんてボヤいたり…。

そんなわけで、町は富士山にちなんだイベントなども多く、子供たちも学校からの宿題で
富士山にちなんだ、作文やら俳句やら習字などなど…何かと忙しい一日に。

と、いうことで今日は富士山のお話を少ししますね。
とは言っても、富士山はもとは四つの山から形成されているとか
富士山の山自体をご神体として信仰があったとか
富士山の雪解け水が長い年月をかけて麓に湧き水みちなど
富士山にまつわる話はたくさんあります。

私にとっての「富士山」は…

ただの山…?

そんなことを言ってしまうと地元の方に怒られてしまいますね…

富士の麓に移り住み、この春には6年目を迎えます。
「ただの山」と言いながらも…不思議ですね~。毎日「今日は富士山見えるわ」
「今日は富士に笠がかかっているから雨降るかな?」、もちろん「今日の富士はキレイ!」などと
意外に気にしている自分がいたりしています(笑)。
これも、私の気持ちも住めば都状態になっているのかしら?なんて時々ふと思うときがあります。

そういうこともあれば逆に、富士山を見て悲しくなるときも…
それは、年に1回から2回ほど子供夏休みなどに合わせて長い期間、実家に帰省し
富士宮に戻ってきたときです。

新幹線に乗り換えどんどん富士山が近づいて、自宅近くの最寄の駅に降ります。
そこから自宅までの一本道は富士山に向かって長く続く道。まさに富士山に登る
イメージで見たくなくても目に入るっといった感じ。「あぁ…戻ってきてしまった~」と、
現実を受け止めなければいけない時間なのですね~。
この時だけは、柄にもなく本当に悲しくなってしまい気分が落ち込んでしまうのです。
でも、その時にこそ強く強く「あぁ、私は北海道が北見が好きなんだな~」と、実感する時でも
あるのですね(愛・笑)。

富士山を眺め、キレイだな~と感動したり、なんで私はここに住んでいるのかしら?と
悲しくなったり…心忙しくしていますが、これも経験!と、日々頑張る私なのであります。

と、いうことで、今日2月23日「富士山の日」の富士山をご覧ください!
今日も綿帽子をかぶった見事な富士山でしょ!この雪はゴールデンウィークくらいまで
あるでしょうかね。それを過ぎると夏富士といって黒~い富士山にその姿を変えてしまい
ますからね~今が見ごろの季節なのですよ!