ミラクルです


被災した家族とやっと連絡がとれました。
震災から9日目、自衛隊の方が持ってきてくださったという
衛星電話でほんの数分だけ話すことができました。

実家は流されて跡形もなくなっていましたが
家族は皆無事でした。

避難した場所は高台にある老人ホームでした。
避難指定場所ではありませんが、
高台にあるのでとっさに思いついた場所だったようです。

携帯基地局も壊れ、外部との連絡手段がありませんでした。
道が分断されたため物資も届かない陸の孤島状態。
あの壊滅的な状況から命が助かっただけでも奇跡的なのに、
ここからがミラクルです。

1)老人ホームに、たまたま灯油や軽油などの配達を行う
ミニタンクローリー車がとまっていました。

2)青果業を営む親戚が配達途中で
野菜、果物を積んだまま老人ホームに立ち寄りました。

3)道路工事中で重機が置かれていました。

電柱が倒壊し瓦礫で道が分断されていたのですが
弟たちがその重機を使い電柱などをよけ
少しずつ道を造っていきました。
燃料はそのタンクローリー車から補充し。

道ができてくると道端にドラム缶で重油や
灯油が転がっているのを発見。
重機で持ち上げ回収、燃料に。

さらに進んでいくと
父方の本家で使っていた超大型冷凍庫が転がっていて
中に冷凍鮭やホタテ発見!
何十人かのご飯に。

老人ホームという場所柄、
タオルやシーツ、毛布はほかの施設よりもあり
かつ、栄養士さんや調理員さんもいた。

9日間、物資供給はなかったけれど
いろんな偶然が重なって助かった命。

親戚の何人かは亡くなったという連絡がきたし
いまだ連絡のつかない友人も多数います。

でも光がみえました。

いま、現地では盗難や略奪がリアルにおきています。
「怖くて、難を逃れた家を留守にすることができない」、
昨日無事を知らせてくれた友人の言葉です。

避難勧告が出てそれまでの場所から別の避難所へ移った弟も
「車に、家から持ち出せたいくらかの物資が積んであるけど
見張りをつけてないと強奪がある」と言っていました。

この混乱の中、騒ぎに乗じてそんなことをするなんて、
本当に悲しいことです。

テレビでは「仮設住宅の建築がはじまりました」と流れてはいるけれど
今、現地では情報が足りません。

衣類や毛布など物資は続々届いているようです。

しかし避難所では仮設住宅の申し込み受付などは
はじまってはいないそうです。
いったいどうやったら申し込めるのかすら
情報が行き渡っていません。

家も職も失った人に対する県や国の支援なども
どこにどのように相談したら良いのかわからないといいます。

たくさんの方にそういった情報を
一刻も早くお届けできたらと思っています。