北見に製紙工場があったってホント?!


こんにちは。金曜日(さ)です。

今日のみんと「ブラキタミ×ラブキタミ第17回(北見のアレコレを市史編さん主幹に聞いてみよう)」は、

むかし北見にあった製紙工場についてです。

戦後の昭和27年から昭和54年まで30年近く、北見市中ノ島に工場があった「北見パルプ」について

紹介しています。

詳しい内容は紙面を見ていただくとして、

読者の方に提供していただいた写真をブログにも掲載します。

PCだと拡大して見ることができるので。

 

北見パルプ全景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空から見た北見パルプの工場。手前が常呂川方面、左側に池北線(後の「ふるさと銀河線」)。

工場の煙突から煙が出ていますね。

 

北見パルプ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工場構内で撮ったと思われる写真。

高いビルと煙突が写っていますね、

右側の方が、写真を提供して下さった方の亡きお父様です。

ニッカーボッカーズ風ズボンにダブルの背広、というのがレトロな感じでお洒落!

北見パルプは本州製紙系列だったそうで、敷地内に福利厚生施設がいろいろあったというのは、

当時の日本の大企業の手法だったのかもしれませんね。

 

北見パルプ(S40)

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは、市史編さん室で探し出してもらった写真です。

やはり空撮です。

手前に四角く積んであるのがパルプの原料である木材チップだと思われます。

広大な敷地ですね。

手前に線路があり、煙を吐いて汽車が走っています。池北線と思われます。

津別方面から木材を運んできたのでしょうか。

* * *

編集部(じ)のご主人は、昭和40年前後に北見西小の小学生だったということで、

「北見パルプの横を通って、何度もスキーに行った」とのこと。

私は「えー?若松まで?!」と思ったのですが、川東の信善光寺のあたりの山だったようです。

中ノ島の吊橋を渡って行ったのでしょうね。

私の入っている卓球サークルにも北見パルプOBの方(70代)がいて、

当時の話を聞くと懐かしそうに色々と話してくれました。

昔を思い出すと、脳みそが活性化するらしいので、どんどん思い出してくださいね!

* * *

私は2000(平成12)年に北見に引っ越してくる前、知人から古い「北見イラスト地図」を譲ってもらい、

隅々まで見て、行ったことのない北見という町を想像していました。

イラスト地図に製紙工場が描いてあり、「製紙工場のある町なんだ…」と思っていたのですが、

実際来てみると、どこにもなくて…。

2000年には、もうなくなっていたんですね。

* * *

皆さんも市史編さん室に聞いてみたいことがありましたら、

みんと編集部へご質問をお寄せください。

では、また来週♪