ピアソン記念館のクリスマスツリー


おはようございます。金曜日、(さ)です。

昨日、ピアソン記念館のクリスマスツリーを見てきました。

11/30号のみんと「ブラキタミ×ラブキタミ」にも書いてありましたが、

北見で一番最初に登場したツリーは、約100年前のピアソン邸だったそうです。

 

クリスマスツリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北見幼稚園の園児により飾り付けされたツリー。

昨年から始まった試みだそうです。

本物のモミの木ですよ~。

参加する園児が増えた(今年は42名)ということで、

昨年の2倍の高さの木を用意したそうです。

天井まで届いています。

 

 

 

ツリー飾り1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーナメントは松ぼっくりやリース、

卵の殻を布などで包んで飾りにしたもの。

作った園児の名前が見えます。

 

 

ツリー飾り2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一生懸命に作ったんだろうな。

素朴でかわいらしい。。。

 

ツリー飾り3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綿で雪を表しています。

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ツリーから話変わって……

こちらは、ピアソン記念館で、ふと目に留まった絵葉書。

 

ピアソン邸絵葉書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1924(大正13)年ごろのピアソン邸を描いたものです。

描いたのは佐藤元治郎さん。

手描きの北見市内地図を40年作り続けた方です。

(昨年、85歳で逝去)

相内、留辺蘂方面に向かって、ずーっと開けています。

畑しかなかったということでしょうか。

左手に大きく見える山は藻岩山。

ずっと奥の夕日の隣りに見える三角の山は北見富士のようです。

(北見富士は留辺蘂と紋別方面、2つあります)

煙を吐いて進む汽車は、まだ石北本線ではなく、湧別線だったそうです。

湧別線とは、かつて野付牛駅(現北見駅)-遠軽駅-湧別駅間を結んだ国鉄の路線です。

ピアソン邸の向こうに池のようなものがあり、白い鳥が見えます。アオサギ?

手前にはお花畑があってルピナスが咲いているように見えるので、

これは初夏の頃?

大正時代の北見はこんなふうだったのか…

と、絵の世界に入り込んでタイムスリップした気分になりました。

* * *

昨日もピアソン会の伊藤さんにお話を伺いました。

いつもありがとうございます!