明るい介護 17回 「義妹のやりたい介護」


こんばんは、千葉(有美)です。

相変わらず、新千歳と羽田を往復する生活。3日前も秋風感じる北海道で

週末をしかも土日の1泊2日…私の年齢には堪えます…。

と、北海道から帰って2日目の今日は、私のボロボロの身体を整えにボディメンテナンスへ。

心身ともにリフレッシュしてきました。

さてさて、今回の「明るい介護は17回 義妹の『やりたい介護』話しです。

2021年4月

ひょんなことから、義母の「介護」に対して私達夫婦は義妹と対立することとなりました。

「貴女の好きなように、貴女の考える、貴女が思う、ママへの介護をしてあげなさい。

ママも可愛い娘がお世話してくれれば、本望ではないですか?

私達はもうカメラを見ないからね」と、義妹に話し、自由にやらせました。

これを機に私は義母が通うデイサービス管理者やケアマネージャーにも全ての問い合わせは

義妹にお願いします。義妹の理想の介護とやらをしてくれるので。

と、介護から手を離す段取りをしました。

カメラを見なくていい日々は、私にとって精神的苦痛からの解放を意味します。

朝、義母が起きて昨夜に自分で研いだお米の炊飯器のスイッチを押したか?

朝食を食べたか?今日はデイサービス行く日だよと声かけ、

着替えの促し声かけ、また、夜は夜で夜ご飯を食べた?

危険行為してないか?等、「見守り」と言う名の「番兵」しなくてよくなる。

なにものにも拘束されないない日々、なんて幸せなのだ!

 

そんな日は長くは続きません。

義妹とも連絡を断ち2ヶ月、ケアマネジャーから久し振りに電話がきました。

内容は「義母の介護に参加してくれ」とのことでした。

義妹は、カメラを何のためにつけたのか?

彼女が「見たい時に見る」為のカメラの見方は「介護」にならない。

また、介護する人は、介護される人の行動に疑問や不思議に思う目を持っていないと支援が遅れる。

結局、義妹のカメラの見方はでは、用が足りないということで、介護支援に参加して欲しいとのことだ。

 

私の義母への見方は、時には口うるさく細かいこともある。

それは「人の尊厳」とまで偉そうなことは言わないが、せめて「人らしい生活」を送ってもらうことだ。

義妹の介護は「自由の尊重」。

朝の9時過ぎてもダラダラ寝てる。3度の食事時間はグチャグチャ。

(因みに、直近の今月の頭の義妹帰省時は、夜中の0時に、

翌日は夜の22時に夜ご飯食べさせていて、私、いたたまれなくなり、義妹を怒りました。)

生活リズムを整わせることは、昼夜逆転させない、認知症の症状を出来るだけ進行させない。

アルツハイマー型認知症を完治させる特効薬が無い限り、生活リズムを整えるのは必須だ。

危険行為も腐ったものを食べても「それは本人の自由」なのか?それも自由というくくりなのか?

そんなことを良しとする義妹にとは、どうしても相容れないのだ。

何度もこの件については、話し合っているが私には「有美ちゃん、有美ちゃん、私はそんな意味で言ってないの〜」と

のらりくらり…そのかわり、兄である私の夫には、たいした上からものをいう態度。

本当に12歳も歳離れたコレ兄妹なのか?と疑う私。

結局のところ、ケアマネのお願い電話により、たった2ヶ月で私の平和な日々は終わった。

そして、再びカメラ生活が始まり、私の精神はストレスまみれの一途を辿る。

この話は、まだ先の回で。

因みに、ケアマネジャーとは何度も話してますが、遠距離で、自宅にカメラ見守りだけで

ここまでやってるのはウチくらいだと言われました。

そりゃそうだよね。

手前味噌…私がほぼ声かけ、誘導、24時間中大半は見てるからね…

と、私のおかげだと、遠慮せずにここに記すのであります。

さて、今夜はちゃんと、夜ご飯食べてくれるかな?声かけの電話をしましょうかね…。

 

 

 

写真は
介護帰省で千葉に戻る時のお決まりご褒美
新千歳空港にてのスィーツです。今回はLe Tao。